OB・OGの声

OB・OGの声

名古屋音楽学校を卒業されて活躍するOB・OGの皆様をご紹介致します。

近藤薫さん

愛知県出身で現在は東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターを務められる近藤さん。三世代にわたってヴァイオリニストという音楽家の家系で育たれ、名音校へは中学・高校時代に通われていらっしゃいました。

近藤薫 プロフィール

東京芸術大学をアカンサス賞を受賞して卒業後、同大学院修士課程修了。在学中から国内の様々なオーケストラにゲスト・コンサートマスターとして出演する他、芸大派遣によりウィーン音楽大学の夏期講習会に参加し、アルバン・ベルク、アマデウス、ハーゲン等の弦楽四重奏団のメンバーに学び、室内楽の分野でも研鑽を積む。
これまで、東京交響楽団、読売日本交響楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、関西フィルハーモニー管弦楽団、大阪交響楽団など、国内の主要オーケストラで客演コンサートマスターを務める。その他、イタリア、ドイツ、オーストリア、スペイン、カナダ、中国、台湾などの各地においてソリスト、および、室内楽客演として演奏。透明感のある美しい音色、また、繊細さと力強さの両極をダイナミックに表現するその演奏は、各地で好評を得ている。
2015年4月から東京フィルハーモニー交響楽団コンサートマスターに就任。東京芸術大学・東京音楽大学、非常勤講師。バロックから現代音楽まで幅広いレパートリーをもち、常に新しい表現を模索し続けている。

オフィシャルサイト

インタビュー

― 名音校へ通われたきっかけは?

近藤 そもそもは、姉が音楽科のある高校を受験するために通っていました。私の場合は、音楽の道に進むかを決めかねていた時期でしたが、ソルフェージュや聴音の能力を研くためには、早くに勉強を開始する必要があるとの判断でした。

― レッスンはいかがでしたか?印象深かったことは?

近藤 名古屋音楽学校は古くから中部地区の音楽教育を担ってこられ、今になって思い返すと、大変システマティックで、尚且つ音楽家の芽を温かく育てていこうという雰囲気があったように思います。
また、今や日本を代表する指揮者となった角田鋼亮(中学、高校の同級生でもあります)や、東京芸大の同級生になる人達など、当時から優秀な人材と机を並べたことは大変な刺激になっていました。

― プロになろうと思われたのはいつ頃からですか?

近藤 人前で演奏することの意義を初めて感じたのは中学2年生の時ですが、プロの演奏家になろう、音楽大学へ進もうと心に決めたのは高校1年生の終わり頃ではなかったかと記憶しています。

― 名音校で学ばれたことで、影響を受けたこと・役立っていると感じられることはありますか?

近藤 言葉に言い尽くせないほど沢山あると感じています。
専門的に音楽理論を学んだこと、そもそも音楽は感覚的である一方大変論理的な分野であることを知るきっかけとなったのは名古屋音楽学校です。正直申しますと、不真面目な生徒であったと思いますが、中学生の時に音楽には多面的な部分があると知れたことは、今になって考えると、とても幸運なことでした。

― 最後に、音楽を学ぶ方へのメッセージをお願いします

近藤 音楽とは何なのか、という問いは尽きません。また、問うために進む道は大変に厳しいものです。
しかし、歩みを止めてはいけません。
もし歩みを止めなければ、その道で沢山の宝物や、もっと素敵な出来事に出会えるはずです。
音楽は、音楽を志す者に、全てを与えてくれます。それは、どんな困難も乗り越えるために必要な勇気をもです。
濁りのない眼を持ち、真っ直ぐ見据え、歩み続けてください。

後藤浩二さん

ジャズピアニストの第一人者として、名古屋はもとより国内外で精力的に演奏活動を行う後藤さん。ソルフェージュのレッスンやクラシックピアノでの経験が、ジャズの世界でも活かされていました。

後藤浩二 プロフィール

名古屋市出身。父親の影響で4歳よりクラシックピアノをはじめ、南山大学入学と同時にジャズピアノをはじめる。大学在学中より名古屋市内のライブハウスを中心に演奏活動を開始し、卒業と同時に小濱安浩(ts)カルテットでプロデビュー。
2002年から自主制作にて、島田剛(b)、黒田和良(ds)とのトリオで初リーダーアルバムをリリース。その後日本を代表するジャズボーカリスト伊藤君子のアルバムへの参加やソロリサイタルの開催、栄ミナミ音楽祭、ap Bank Fesへの参加、2011年~14年Keiko Lee(vo)デュオツアーに参加、CBCラジオ『後藤浩二 ジャズ魂~あなたと夜と音楽と~』のパーソナリティを務める等、名古屋を拠点に国内外で精力的に演奏活動・作曲活動を続けている。

オフィシャルサイト

インタビュー

― 名音校へは小・中学生の時に通っていらしたそうですね。きっかけは?

後藤 音楽が好きな父親の影響で、幼稚園からピアノを始めました。小学生の途中まで個人の先生に習っていたのですが、父のすすめで名音校へ入学しました。当時(伏見校舎)は1時間ほどかけてバスや自転車で通っていました。

― 当時のレッスンについて思い出は?

後藤 ピアノとソルフェージュを習っていました。ピアノは手の形からみっちりと指導してもらったことが印象深いですね。ソルフェージュは特に聴音力が身につけられたので、それは今でも役立っています。

― プロになろうと思われたのはいつですか?

後藤 大学を卒業する時ですね。これもまた父の影響もあって大学でジャズに出会いました。クラシックでしっかりと基礎が身についていたので効果的でした。

― 名音校で学ばれたことで、役立っていることはありますか?

後藤 ジャズというジャンルは掛け合いや即興、他の楽器のサポートに回ることもあります。その際、他の楽器の音を聴きながら演奏しなければいけないので、聴音力がとても役立っています。

― 最後に、音楽を学ぶ方へのメッセージをお願いします

後藤 楽しくやって欲しい!苦しまず、笑顔でやっていれば上達に近づきます。あとレッスンをサボる時はちゃんと連絡すること!無断欠席はしないように(笑)。

渡邊愛子さん

サクソフォン奏者として、またアレクサンダー・テクニーク教師として日本各地でご活躍の渡邊さん。名音校で学ばれたことが音楽家・教育者としての礎となっているようです。

渡邊愛子 プロフィール

サクソフォン奏者。アレクサンダー・テクニーク教師。BodyChance教師養成コースディレクター、ベーシックコースディレクター。
愛知県立芸術大学音楽学部器楽専攻卒業。同大学卒業演奏会等に出演。
サクソフォンを雲井雅人氏に、室内楽を菅原眸、中川良平、村田四郎の各氏に師事。アレクサンダー・テクニークをBasil Kritzer、Jeremy Chance、Cathy Maddenほか各氏に師事。
現在、フリーのサクソフォン奏者として各地で演奏活動を行っている。
また、これまでにアレクサンダー・テクニーク教師として愛知教育大学、愛知県立芸術大学音楽学部同窓会、海上自衛隊大湊音楽隊、海上自衛隊呉音楽隊、広島県吹奏楽連盟、石川県吹奏楽連盟、岩手県吹奏楽連盟、宮城県吹奏楽連盟ほか全国各地で講座を開催する。
トリオ・ウィステリア、コレジオサックス四重奏団、NWSサクソフォンカルテット、ユニータ”デラ”サックスメンバー。コンサートグループ「花の詩」会員。大垣女子短期大学音楽総合学科元非常勤講師。

オフィシャルサイト

インタビュー

― 名音校へ通われたきっかけは?

渡邊 音楽大学に進学したい、と知人に相談したところ、「音大を目指す人はみんなここに通っているよ」と教えていただいたのが音楽学校でした。

― 当時のレッスンについて、印象に残っていることは?

渡邊 高校は普通科だったため音大を目指す人が少なかったのですが、音楽学校に来ると志を同じくする人ばかりで、演奏だけでなく色んなお話も聞けて心強かったです。
特に夏休みや冬休みになると受験のための講習会が行われ、とても刺激になりました。
先生方はとても丁寧に真摯に教えてくださり、その時学んだことは今でも自分の音楽家・教育者としての軸になっています。

― プロになろうと思われたのはいつ頃でしょうか?

渡邊 …いつだったでしょう(笑)
音大に進学したいと思い始めた頃から、「いずれは音楽で身を立てていけたら」とぼんやりながら考えていたと思います。中学3年生くらいでしょうか。

― 名音校で学ばれたことで影響を受けたこと、現在役立っていると感じられることはありますか?

渡邊 専攻はサクソフォンでしたが、ピアノとソルフェージュを音楽学校で学びました。
音楽を学ぶ上で、また実際に演奏する上で必要な「基盤」となる知識や考え方を音楽学校でしっかり身につけることができたと思います。
レッスンの中ではもちろんのこと、多くの先生方や他の生徒さんの演奏を聴く機会や、様々な情報、そして仲間と共に学ぶこと…
多角的な面から学びを得られたと思っています。

― 最後に、音楽を学ぶ方へのメッセージをお願いします

渡邊 大好きな音楽を自分の愛する楽器で深く濃く学ぶことは、とても幸せなことであると同時に、自分を強くし支えてくれるものにもなってくれます。
壁にぶち当たることもたくさんありますが、その度に、音楽そのものがそれを乗り越える方法を教えてくれると思います。